こんにちは、みわです
最近は朝日記で書いていることをブログに残していますが、今回は言葉をうまく使えることについて書きます。
みなさんのなかで、自分が特別だと思うことはなにかありますか?
私の話になりますが、現在Youtubeで表に出て喋っていますが、自分は喋りが得意だと思っていません。むしろ苦手の部類かなともおもいます。そんな私でも昔からこれは他の人にない自分の強みだと思っていることがあります。
それは、言葉で説明するのは難しいですが、人が考えないことを考えたり、何か思ったり、想いを馳せたりといったことです。物事の断片的、外側ではなく、内面を考え自分の思考の幅を広げることができる、それを私は自分のなかにある特別な才能だと思っています。
例えば、人間と自然の関係について
私は大学時代ラテンアメリカの授業を取っていて、ラテンアメリカという大陸がコロンブスに発見される前にあった人々の信仰や考え宇宙との繋がりについて、想いを馳せ共鳴というと大袈裟ですが、共感できる感覚があるのです。
メキシコのテオティワカンに行ったとき
マチュピチュに行ったとき
何も知らないで行けば、それらの遺跡はただの観光地ですが、外側の部分だけを見て写真を撮って、そこに行ったぜ!過酷な地に行ったぜ!人が行かない場所にいったぜ!ということではなくて、そんな薄っぺらい話ではなくて、
その当時起こっていた事実や考え方を体感するためにその場所に行くという感覚が、他の人より自分が持っている特別なものだとおもっています。
自分の欲望を達成するために行く旅は全く魅力がありません。興味がありません。
Youtubeで極端に湾曲した表現でバズりたいとか、有名になりたいとか1ミリも思っていません。
自分が旅に出るというのは何かしらの内在的な目的があって行くのです。
三角形はこんな感じ↓↓
自分の内在的な感覚目的
人の為になる/役に立つ
自分の外側の(自己顕示欲のための)欲望
特別な感覚の正体 (アヤワスカ)
先週、エクアドルでアヤワスカを受けてきた友人にその時の経験をシェアしてもらったのですが、自分のなかにある特別なものの正体がなんだったのか少しわかったきがしました。
アヤワスカというものは、アマゾン北西部で伝統的に用いられている幻覚剤です。
ペルーやエクアドルで受けることができます。
アヤワスカはアマゾンにおける伝統的医学として、精神に作用する植物のお茶です。
それを飲むことで幻覚作用が働き、宇宙、大地との繋がり、自分が見たいものが見える、不変の真理について知ることができるなどが起きるのです。
怪しいですよね(笑)…
私も友人から論理的に説明を受けるまでは全く訳わかりませんでした。
なぜそんなものが見えるようになるのでしょう?
私たちの頭には右脳と左脳があります。
それぞれ果たす役割が違います。左脳は言語や計算力、論理的思考を司る脳。
一方、右脳はイメージ力や想像力を司る脳です。
右脳の働きが活発なのは、言葉がまだ未発達な3歳前後の幼少期。
成長するにつれて言語を司る左脳が活発に働くようになり、左脳優位になっていきます。
物事を論理的に判断する割合が増えてくるのです。
自分の気持ちよりも、世間のこうあるべきが前にきて行動できなくなるのは物事を理論的に判断する左脳が働いているからです。
前文でアヤワスカを受けると、幻覚作用が見えるようになるといいましたね?
アヤワスカを飲んで幻覚作用が見えるようになると、左脳と右脳のなかで、普段使われている理性が(左脳)がなくなり、自分のなかにあるけれど、普段眠っている感覚や感情といった右脳が頭のなかを100%かそれ以上を占める状況になるそうです。
そうなった時に、普段は見えていなかったことが見えるようになったり、本当の自分の気持ち/意識を受けることができるようになるらしです。
なんでアヤワスカという植物を煎じたお茶を飲むのか?
それでは、なぜアヤワスカという植物を煎じたお茶を飲むのでしょうか?
私たち人間は3次元のなかで生きています。
3次元とは縦、横、高さのある世界です。この3次元はGive and takeの関係で物事が成り立っています。
では、アヤワスカが存在している場所はどこでしょうか?
アヤワスカはじめ植物が存在している世界は3次元ではなく4次元です。
(4次元以上かもしれません)
なぜならこの植物という存在はGive and giveの世界線だから。
私たちより次元が高い位置に存在しているのが植物なのです。
意識の高い中核的な部分に至る状態になるためには、私たち3次元の人間は4次元の植物のエキスを身体に入れることで、その世界線に入るより他ありません。
4次元 植物 右脳(意識の世界線) Give and give
3次元 人間 左脳(理性) Give and take
このロジックを教えてもらったときに、何か自分のなかでわかる気がしました。
そして、同時に植民地支配されるもっともっと前の古代の人々のなかにあった宗教的な感覚や信仰の対象になぜ植物があるのかその理由がわかった気がするのです。
この内在的な部分を共感でき、意識が向けられることは、自分が4次元の感覚に近いものを持っているからなのです。
私の人生が開けたのは自分のなかにある感覚に意識を向けたから
私はこのブログやYoutubeで自分の人生を生きると何度も言っていますが、これはある種、自分の中にある意識を目に見える形で言語化していったからだとおもいます。
人間という生き物には、思考と感情と行動という3つの軸というか基準があるとおもっています。
この3つを左脳(論理的思考)と右脳(感覚的思考)に分けたときに
左脳→行動
右脳→思考、感情 という形で分けることができます。
普段、人生に悩みがるとか、思うように日々を送れないという人たちは、行動に意識がむいて、自分のなかにある思考や感情を無視して走っている場合が多いです。
具体的には、社会のこうあるべきとかに目が向いて、意識が向いて、目の前に人参をぶら下げられて、それを食べようと走り続けている馬と同じです。でも、サボってるわけじゃなくて頑張ってるんです。でも大切なことを置き去りにしているんです。
それは自分の思考と感情です。
自分の気持ちを置き去りにしたらどこにも行けません。
自分にとって何が大事なのか、価値観というものをそれぞれが持った上で生きて行く。
自分が幸せになりたい!とおもったら自分の基準をもって、生きて行くことは大切な前提になります。
自分のなかにある軸によって、目指す場所やライフスタイルを始め様々なことが変化するとおもいます。
私は自分なりに、思考と感情を紙に書き出し、言語化していくと、本当の自分の気持ちに沿って生きる人生の選択をすることができるようになり変わったなと感じます。
今まで生きてきたなかで、自分の気持ちなんて考えたことがなかったので、初めは涙が出るくらい出てこなかった。
でも簡単なところから質問を投げかけて行くうちに、自分の奥底にある部分に手が届くようになって変わっていった気がします。
言葉を伝える力が上手であればあるほど有利
自分のなかにある内在的な感覚を持っている、4次元に近い人たちは、言語化することが苦手です。
意識のなかにあるものを言語化という(論理的な形で)引き出すのはとても難易度が高いです。
なぜなら言語化という変換は、論理的な頭に感覚的なものを切り替える作業が必要だからです。
でも資本主義の世の中で、様々なものやサービスが溢れる中で、言葉をいかに上手く伝えることができるかはお金を稼ぐためのツールとして大事なんですね。
いくら良いものを持っていても、良いサービス、品物を売っていても、相手にいいなと思ってもらえなければ、いくらいいものを持っていても理解されず、売れません。
自分にとってベストな伝える方法は、性格や特性によって違うので、どのような手段が自分に合っているのか(対面で話すのがいいのか、紙に書いて本にするのが良いのか、動画で出すのが良いのか)自分にあった方法を実践しながら、見つけて行くより他ありません。
でも、言葉の伝え方を磨くということはすごく大切な要素だなと感じます。
私が感じる感覚的なヒント
そんなわけで、一人ひとり自分にとって、どの手段が良いかは違うので、今回のようなモヤモヤていたことの事実(核の部分)を知るということは学び、その先の手段は一個づつ試しながらやって、見つけて行くことでしょう。
多くの方法を知っているに越したことはないけれど、そればかりを知っていて、自分はどの手段がいのか?がないだとただの情報マンになってしまうので、
昨今ではSNSで情報ややり方が溢れまくっている世の中ですがそこで埋もれてしまうのではなく、情報は情報としてある程度知った上で、自分がどのパターンでやったら、自分の性格や特性と合うかを実践して行くことだとおもいます。
検討をつけて、見つけていくうえで、またさらに道のりがあって、通過点があります。
なので常時、思考と感情を整理して行動していくサイクルを習慣化してやって行くことが必須なんですね。
私自身も伝えることの手段、何が良いか実験している段階ですが、いろいろやりながら、見つけていこうとおもっています。
この過程に費やしている時間は人生そのもので、とても大切なことだとおもっているので、今これを書いているのに費やしている時間に後悔はありません。
そうやって自分が納得する時間の使い方をすることは大事だと信じているから。
まあ、内省型だから余計というのはあると思いますけどね…(^_^;)
私のなかでの優先順位というピラミッドは
⓵自分の内在的な感覚目的
⓶人のためになる役に立つ
⓷自分の外側の欲望 ということが言語化できました。
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